人形町界隈にかつては10軒ほどあったという寄席のなかで、〈人形町末廣〉の震災後に建てられた入母屋造の建物は、戦火をのがれ昭和45年に廃業するまで「落語定席末廣」の赤い提灯をともし続けた。
慶應3年に始まり、落語、講談に加えて、手品や物まね、漫才などの色物も得意とする人気の定席であったらしい。いま、人形町交差点の近くに建つ白いビルの前には、目立たないが「寄席人形町末広跡」と記された碑が埋め込まれていて、それでもときどき立ち止り見入る人の姿を見かけることがある。昔の写真をもとに、一部は想像で外観を復元してみた。 |