• トムヤムキューブ
    Tom Yum Broth Cube

 シンガポール土産と称して、なぜかタイのトムヤムキューブなるものを知人にもらった。外箱デザインがタイ語でもひと目でクノール製品とわかる、いわゆる固形スープの素だ。中身を取り出し、角のところをすこしばかり削って舐めてみる。凝縮された旨味はまさに東京で知るタイレストランの味、さすが世界ブランドだなと驚いた。

 アメ横の上野方面寄りに建つ三角ビル、アメ横センター地階の食品売場は、豊富な種類のアジア食材が入手できる穴場として知る人ぞ知る。とくにフレッシュハーブ類はレモングラス、こぶみかんの葉、生姜に似たカーなどが、いずれもビニール袋詰めの200円そこそこで売っていて重宝だ。考えてみれば戦後の闇市からはじまったというアメ横で、なぜこれだけのアジア食材の店がここに集まるようになったのか。不思議なようでいて、どこか腑に落ちるところがある。この渾沌さが、いまや多くの外国人観光客をも惹きつけるアメ横の源泉なのだろう。
 トムヤムキューブの外箱に申しわけ程度に添えられた英文の説明書きによると、そのまま分量の熱湯に溶かしただけでも旨そうなのだが、ライムや唐辛子、こぶみかんの葉らしきイラストつきで、好みの味を足すといいと書いてある。アメ横センター地階で調達したレモングラスを斜め切りに、こぶみかんの葉はちぎり、薄くスライスしたカーもくわえて沸騰させ、海老を入れ火が通ったところでナンプラーと少量の生クリームを回しかけた。

 有名なタイの海老のスープ、トムヤムクンには澄んだスープでつくるやり方と、牛乳や生クリームを足すタイプがあるようだ。どちらが正しいというのはないらしいが、正統派ということでいえば首都バンコクの五つ星、オリエンタルホテルで教えるのは前者で、ホテルの料理教室に通うため当地に滞在した知人がつくるそれは、澄んだスープにレモンの酸味を効かせた、すっきりと爽やかなものだった。好みによるが後者のクリームでややこってりと仕上げるほうは東京の気候や味覚には合っているように思うし、トムヤムキューブの場合も、最後に牛乳か少量の生クリームを足したほうがコクがでて旨い。

 ところでトムヤムクンからは話がそれてしまうが、20年以上まえに買った柴田書店の料理本『アジア エスニック料理』にでていた、ラオスの鶏の姿煮込みという料理をいまだ夏になるとかならずつくる。本来はひな鶏を丸一羽つかう料理なのだが、鶏ももか水炊き用の骨つき肉でもじゅうぶんいける。
 決め手は薄茶色に色づくまでから煎りしたもち米をスープにくわえるところで、ラオスやタイ東北部には麺食よりも、もち米を常食とする食文化が広く根づいているという。にんにく、レモングラス、こぶみかんの葉、カーの薄切りとレッドカレーペースト、煎ったもち米で鶏肉を煮込み、ナンプラーで味つけをしたら色どりに赤と緑のピーマン、赤たまねぎもくわえて火をとおす。簡単な料理だが、これをレッドカレーペーストではなく、かわりにトムヤムキューブで煮込んでみてもいいのではないだろうか。スープストック以外に、トムヤムキューブは使いかた次第で魔法の調味料になりそうだ。