• 実山椒
    Mizanshou : Japanese green pepper

 近ごろ季節になると、東京のスーパーで実山椒を見かけるようになった。
 店頭にならぶのは初夏のほんのひと月ほど、パック売りの枝つきのものを手に入れて台所で小枝を取り除く。ひとつふたつと青い実を軸からはずしていくと、ぽろぽろとこぼれて部屋じゅうに柑橘系のいい香りが満ちていく。面白いと思うのは、この山椒の小さな実が柑橘類の一種ということだ。

 北大路魯山人の著書『春夏秋冬 料理王国』に、山椒魚の調理について触れた文がある。《「変わった食物の中でうまいものは?」と問われるなら、さしずめ山椒魚と答えておこう。》とし、俎の上で腹を裂くと山椒の匂いがプンとして、肉を捌いていくにつれて芬々ふんぷんたる山椒の芳香がひろがり厨房から家じゅうをつつんだ、と山椒魚の名の理由を明らかにする。ただ山椒〝魚〟の場合は煮炊きすると、その香りはすっかり消えてしまうらしい。
 小粒に凝縮されたせいか、生の実山椒は柑橘のなかでもとにかく香りが強く尾をひいて残り、鼻腔をくすぐる幸福感は得もいえぬものだ。だがそれもつかの間、実山椒は時季をすぎると店頭からぱたりと消えてなくなってしまう。そんな折り知ったのが、山椒の生産量日本一という紀州は有田川町の生産者がネット販売する、冷凍の実山椒だ。早速サイトで注文をしてみた。

 100グラム入りか500グラム入りかを選ぶ段で、あまり深く考えずに500グラムを選んで注文を確定。すると数日後、購入御礼の丁寧な手書きの一筆が添えられた梱包が自宅に届いた。梱包を解いて出てきたのは透明の袋にぎっしりと詰まった山椒の実、手間のかかる小枝や軸の下処理も済んでいて、その想像を超す量の多さには絶句してしまった。昔のクイズ番組に「正解者に賞品○○を1年分」というのがよくあったけれど、届いた冷凍の実山椒は、業務用ならともかく1年分どころかこの先5年分以上はありそうだった。ちりめん山椒、山椒味噌、昆布の山椒煮。おかげで実山椒を使った酒の肴やおかずの一品が食卓にあがる愉しみが増えた。
 実山椒はまず熱湯でさっとゆで灰汁あく抜きをしてから水に取り、水を取りかえしながら2〜3時間ほどさらして辛さをぬく。ちりめん山椒なら酒、醤油、みりん、砂糖の味付けでちりめんじゃこを炒め、実山椒をくわえて汁けがなくなるまでゆっくり煮詰めていけばいい。青魚に柑橘の味覚は、秋刀魚にすだち、ふぐ料理のポン酢に使う橙と、秋から冬にかけての日本の食に欠かせないが、ちりめんじゃこもおなじく鰯の稚魚だ。味をしめて真鰯を梅煮にし実山椒も加え炊いてみたら、これがまた旨かった。